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太刀『行安』返還Sword

太刀 銘
「正國六十三代孫波平住
大和守平朝臣行安」
返還

明治10年の西南戦争の混乱期から行方不明になっていた当神社縁の太刀 銘「正國六十三代孫波平住大和守平朝臣行安」が警視庁より平成23年11月18日に返還されました。
今回返還された刀剣は去る平成22年11月に警視庁より照國神社の木札のついた刀剣があるとの照会があり、当神社にて調査した結果、近衛家(従一位近衛忠凞公)が照國神社御鎮座を寿(ことほ)ぎ、社殿内(本殿)の威儀用太刀として奉納されたものであることが判明しました。西南戦争の時の略奪品の一振りと推察され、この件を警視庁に報告。これが認められ昨年当神社に返還されました。
照國文庫資料館にて展示公開を致しております。

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刀 身

太刀 銘「正國六十三代孫波平住大和守平朝臣行安」

元治元年丑正月吉日於京都鍛之
法量 長二尺三寸六分六厘 反り六分六厘
形状 鎬造 庵棟 身幅狭く、重ね厚く、反り高く小鋒。
柾目肌よくつみ、地沸つく。
刃文 直刃、中程乱れ交じる、小沸つく。
帽子 直ぐに小丸。
生ぶ、刀先上栗尻、鑢目檜垣、目針穴一
説明 波平宗家六十三代行安の太刀で、元治2(1865)年の作である。行安は文化7(1810)年に生れ、のち大和介、大和守に任ぜられており新々刀期の波平を代表する刀工で、明治15(1882)年に没した。行安はこの作刀の前年禁裏ご用のため上京しており、この時に鍛刀したものであることが銘文からわかる。この太刀は近衛牡丹紋散らしの糸巻太刀拵が付属しており、行安が近衛家のために作刀したという伝来を首肯するもので、その後近衛家から当神社へ奉納されたものと考えられる。

太 刀 拵

金梨子地近衛牡丹紋散糸巻太刀拵

きんなしぢこのえぼたんもんちらしいとまきたちこしらえ
法量 総長三尺二寸七分 総反り一寸三分 柄長七寸五分 鞘長二尺四寸七分
形状 総金具(葵形鐔、縁、甲金、足金物、責金、石突)
赤銅石目地金無垢近衛牡丹据紋
切羽 六枚 内金無垢四枚 赤銅二枚 金打出鮫
目貫 金無垢容彫近衛牡丹三双
柄及び渡巻 金襴地下地縹色(はなだいろ)平巻
下緒 亀甲打組紐
説明 元治2(1865)年作の波平六十三代行安の太刀拵。
金梨子地に金金具を多用した豪華な儀仗用の太刀拵である。製作時期は刀身の完成後であり、慶応元(1865)年から2年の頃と考えられる。
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